2008年04月30日

衛青

衛青 能力データ
魅力 6 / 統率力 9 / 戦闘力 7 / 政治力 4 / 知力 5

衛青は、絶世の美女である姉の衛子夫が武帝の後宮に入り寵愛を受けた為、抜擢されて将軍となった。
がしかし単なる幸運の持ち主ではなく、将軍として統率能力に長け、各戦で活躍。紀元前128年の対匈奴戦では斬首数千、翌年の対匈奴戦でも斬首数千、獲得した家畜数十万という戦果をあげ、紀元前124年には三万の騎兵と出撃して匈奴の王10余人、男女1万5千、家畜約10万頭を得て凱旋、遂には大将軍に任ぜられた。その結果、かつての主人であった平陽公主(武帝の姉)を妻に迎える事になったのは、皮肉としか言い様がない。

衛青自身は温厚かつ慎重な人間で、不遇の李広を気の毒に思い、李広が自刎して死後、李広の息子に殴られても黙っていたという。ところがこの衛青の気持ちを知らずに幼少より大貴族として育った甥の霍去病が仕返しとばかり李広の息子を狩の際に射殺してしまい問題となるわけだが・・・・。

いずれにしても、非常に有能かつ功績も大きい人ながら、いまいち地味で人気も低いのが可哀想な人物。
posted by ただの中国史好き at 17:35 | Comment(5) | 前漢時代
この記事へのコメント
本文2行目「紀元前280年」3行目「紀元前279年」共に間違っていますよね?
Posted by 李常傑 at 2011年09月11日 18:18
>李常傑さんへ

ご指摘ありがとうございます。
確かに間違っていますね。訂正しました。
Posted by ただの中国史好き at 2011年09月18日 23:03
性格は温厚かつ慎重で、有能かつ功績も大きい人なのになぜ人気が無かったのか?

この人、武帝に対しては傍から見ても見苦しい程にイエスマンに徹していたようです・・・地位を得てからも武帝を諌めるような事が無かったためにイマイチ人望に欠けていた、という事なのかもしれません・・・

宮中で官僚達に妬み半分で「どれだけ出世しようが、所詮奴隷の性根までは変わらないのさ」なんて陰口をたたかれていたりして・・・
Posted by 李常傑 at 2011年09月25日 02:54
>李常傑さんへ

何かパッとしないんですよね。
いや、青史に名を残すだけで立派なんですが。。。
Posted by ただの中国史好き at 2011年10月01日 23:40
衛青は中国史でも結構好きなんですが、やっぱり地味ですよねえ。中国史に興味がある人でも大抵は三國志だし。衛青の人生は日本人の受けが良さそうな気もするんですが、誰か作家が取り上げたら人気が出るかもしれませんね。
そういえば私の愛読書の一つである『銀河英雄伝説』の主人公の半生が衛青と似ているんですよね。姉が皇帝の寵妃になって、そのコネもあって軍人として出世する辺り。性格はアレキサンダー大王とかリチャード一世よりなんですが。
Posted by あるるかん at 2017年06月01日 15:20
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