2008年01月04日

蒙恬

蒙恬 能力データ
魅力 8 / 統率力 7 / 戦闘力 6 / 政治力 5 / 知力 7

蒙恬は、無能者が嫌いな始皇帝の信任が厚かった秦を代表する名将で、秦の天下統一後は専ら対匈奴の最前線で戦った。但し、秦の天下統一前は楚征服戦で李信の副将として参戦し、楚に大敗北を喫していたり、対匈奴戦でも目立った戦果はあげていない。
彼は匈奴対策の一環である万里の長城建設も指揮し、毛筆を発明したとも言われ、やはり始皇帝が長男の扶蘇を託すだけの才能を有した人材だと言える。

だがしかし機略に富む智謀は無く、始皇帝死後、宦官趙高の暗躍を許し、趙高の陰謀によって扶蘇ともども自殺に追い込まれたのは残念で仕方がない。
posted by ただの中国史好き at 09:23 | Comment(2) | 秦・楚時代
この記事へのコメント
蒙恬の戦歴がよく分からず、なぜ後事を託されるほど始皇帝に信任されていたのかずっと不思議に思っていました。ここで改めて考えて思いついたのが、蒙恬は将というよりは軍政官としての有能さを買われていたのではないかという事です。李信の副将として楚に大敗した点、しかしながら長城の建設は滞りなく果たした点からして軍務官僚といった方が似つかわしい人物と言えるのではないかと・・・
Posted by 李常傑 at 2011年08月21日 23:30
>李常傑さんへ

長城建築含め、軍事でも内政面でも統率力と功績があった点を始皇帝は認めたのでしょうね。
UPさせるとしたら政治力ですかね?
Posted by ただの中国史好き at 2011年08月22日 00:58
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