2007年08月19日

鄭和

鄭和 能力データ
魅力 7 / 統率力 9 / 戦闘力 6 / 政治力 6 / 知力 7

鄭和は、成祖永楽帝に燕王時代から仕えた雲南地方出身の代々イスラム教徒で偉丈夫な宦官であった。
永楽帝の命により、前後7回、30年間に渡る大航海を鄭和は成し遂げ、東南アジア〜インド洋〜アラビア半島〜アフリカ東海岸にまで数十の大船に2万名の隊員を乗せた大艦隊を率いて到達、現地各国の政治に介入したり、海賊を撃退する。この大艦隊の規模たるや、船自体の大きさがあのスペインの無敵艦隊の船の5倍だったといわれ、如何に大規模な艦隊を率いていたか、鄭和の統率力の高さがうかがえる。

日本で習う世界史では、インド航路の発見はヴァスコ・ダ・ガマと記されているが、史実はヴァスコ・ダ・ガマは自力ではアフリカ東海岸のマリンディまでしか行っておらず、そこから先はアラブ海上商人の船に乗せてもらって辿り着いただけで、過大評価され過ぎている。
中国から遥かアフリカ東海岸まで海を埋め尽くす様な大船団と大船員を率いて辿り着いた鄭和とは、比べる事すら失礼な差と言えるだろう。

鄭和は世界最高の都督、船長と言って差し支えない偉大なる人物である。
posted by ただの中国史好き at 16:14 | Comment(4) | 明時代
この記事へのコメント
普通に考えたら2万もの船員が乗り込んだ数百隻の大艦隊がやってきたら当時の常識では戦争を仕掛けてきたと思われても致し方ないはずですが、大明帝国の宗主権を認めさせるために大規模な戦闘を仕掛けたとは聞いていない(私が知らないだけかもしれませんが)ので、東南アジアや南インドの諸王国に対し卓越した交渉力・政治力を駆使して平和裡に国交を交わしたという事でしょう。だとすれば知力・政治力のポイントをもう少し上げたほうがいいように思いますが ....
Posted by 李常傑 at 2011年08月08日 19:58
>李常傑さんへ

ご指摘ありがとうございます。
確かに大々的な侵略戦争は行っていないようですので、知力を6→7へ、政治力を5→6へUPさせます。
Posted by ただの中国史好き at 2011年08月15日 22:56
明の時代なら袁崇煥、秦良玉あたりも外せないんじゃないかと
Posted by   at 2011年10月25日 01:38
そうですね。
間違いなく採り上げる人物だと思います。
Posted by ただの中国史好き at 2011年10月30日 23:40
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