2007年07月22日

玄宗

玄宗 能力データ
魅力 8 / 統率力 5 / 戦闘力 4 / 政治力 7 / 知力 5

玄宗李隆基は、中国史上屈指の名君である唐の太宗李世民の曾孫で、則天武后の孫。
28歳で皇帝に即位すると、覇気と自信に溢れた玄宗は先代までの蓄積した財産を背景に栄華を誇る時代(開元の治)を築き上げ、庶民にも人気があった。
玄宗を他の時代に例えて言うなら、漢の武帝、清の乾隆帝が当てはまるであろう。三名とも美女とのロマンスが有る(玄宗は楊貴妃、武帝は衛子夫、乾隆帝は香妃。いずれの美女も不幸な最期を遂げる事も似ている)。

玄宗の後半生は長い執政生活に怠惰・放免となり、絶世の美女楊貴妃に溺れ、楊貴妃一族の専横を許し、信任した安禄山に叛かれ安史の乱を招いて大唐帝国をあわや滅亡寸前まで貶める。
この乱の最中、兵士の要求により楊貴妃を殺し、乱平定後は失意のまま幽閉生活を送り生涯を終えた。
posted by ただの中国史好き at 20:45 | Comment(2) | 唐時代
この記事へのコメント
ありゃりゃりゃ・・・ホントだ。大変失礼しました。
唐玄宗を前漢武帝、清乾隆帝になぞらえるのは正に「言いえて妙」ですね。
さらに三帝に共通するのは、いずれもそれぞれの王朝の<社会的>転換期に在位したという事がいえると思います。
王朝成立以来百年以上を経て政治制度が社会の実情に合わなくなり、大幅な変革を必要としていたにも関わらず、治世前半に対外的発展を遂げ王朝の最大領域を獲得するなど表面的成功で国内の矛盾点に目を向けるタイミングを失い、治世後半の放漫政治によって変革どころかさらに問題の深刻化を招いてしまったといえるでしょう。
まあ、どの王朝でも百年を過ぎたあたりで建国以来の体制が制度疲労を起こしているのですが、上記三帝は治世の前半と後半のギャップの大きさが特に目立ちますよね・・・
Posted by 李常傑 at 2011年09月04日 10:37
>李常傑さんへ

三帝の中では武帝が配下の面子で一番だと思いますが、巫蠱の乱の凄惨さなど、悪政ぶりは一番酷いのではないでしょうか。

いずれにしても、先代までの貯金がなければ前半の活躍もあったかどうか判りませんね。
Posted by ただの中国史好き at 2011年09月05日 20:57
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。