2012年02月05日

ジェルメ

ジェルメ 能力データ
魅力 8 / 統率力 7 / 戦闘力 7 / 政治力 2 / 知力 6

ジェルメはモンゴル帝国最古参の将軍で、四狗と呼ばれるチンギス・ハーンの功臣の一人。同じく四狗の一人でスブタイは弟。
テムジン(後のチンギス・ハーン)が生まれた時、ジュルチダイはテムジンに黒貂の産衣(ネルケイ)を献上し、そのとき産衣にくるまれていたジェルメをテムジンに仕えさせたいとイェスゲイに申し出た。
長じてボルテと結婚したテムジンがトオリルと義父子の関係を結んだ後、ジュルチダイに伴われてテムジンに仕える。弱小だったころのテムジンがメルキトの襲撃を受けた時にはブルカン嶽への逃亡を助け、チンギスがハーンに即位すると、ボオルチュと共にケシクの統率を命じられる。 ナイマンとの戦いではジェベ、スブタイ、クビライら他の四狗と共に先鋒を務め、1206年のチンギス・ハーンの第2次即位にて第9位の功臣として顕彰され、罪を九度まで犯しても罰せられない特権と千戸を与えられる。ジェルメ率いる部衆は六千戸に増え、これをハラチンと号した。モンゴル統一後早くに亡くなり、短命だった為に後世における武名はジェベ、スブタイに比べて低いものとなった。

ジェルメの忠誠を示す逸話として、タイチウトとの戦いにおけるチンギス・ハーンの看護が挙げられる。戦いの中でチンギス・ハーンが毒矢を受けると、ジェルメは意識を失ったチンギス・ハーンに常に付き添って毒血を口で吸出し、夜半にチンギス・ハーンが目を覚まして「喉が渇いた」と言うと、単身タイチウトの中に忍び込んで酸乳を運び出す。チンギス・ハーンは献身的な看護と命がけで敵陣に忍び込んだ勇気を称え、これにブルカン嶽での奮戦を合わせた三つの恩は決して忘れないと言った。また他の者も単身で敵中に入ったジェルメの豪胆さを称賛。
子のイェスン・テエはコルチに任ぜられ、チンギス・ハーンに近侍。チンギス・ハーンが将軍に必要な資質の一つを説いた時、イェスン・テエを引き合いに出す。 「諸将の中でイェスン・テエの武勇に並ぶ者はいないが、イェスン・テエは配下の士卒の疲労を考慮しておらず、将軍には適していない。」と、個人的武勇は高いが指揮官には不向きな人物と評価。後にモンケの治世に諸王が起こした反乱に参加し誅殺される。
posted by ただの中国史好き at 19:46 | Comment(0) | 宋・遼・金時代
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