2012年02月02日

スブタイ

スブタイ 能力データ
魅力 8 / 統率力 9 / 戦闘力 9 / 政治力 1 / 知力 5

スブタイはチンギス・ハーンの家臣で、同じくチンギス・ハーンのもとで活躍したジェルメの弟であり、四狗の一人。武勇に優れた猛将で、チンギス・ハーンが即位する以前にタイチウト氏、ジャムカと袂を別かった時に帰順した部将達の一人に数えられている。
1216年にメルキト族追討に派遣され、戦死したメルキト王トクトア・ベキの世嗣達を討ち取るなど功績を挙げる。更にチンギス・ハーンの大西征に従って本営である中軍に近侍、サマルカンドから逃亡したホラズム朝のムハンマドを追撃。これは取り逃がしたものの、その後ジェベと共に各々1万騎を率いてムハンマド捜索のためホラーサーンからエルブルズ山脈南麓を経由しイラン西北部、イラク、アゼルバイジャン、グルジアの各地を劫略、カフカース山脈(コーカサス山脈)を越境。ロシア平原など東欧に進出し、カルカ河畔の戦いにおいてキエフをはじめとするルーシ諸侯の大軍勢を打ち破るという大功を挙げる。

チンギス・ハーンの死後もオゴデイに従って宿老として活躍、1232年にはトゥルイ指揮下で左翼軍団の千戸長として従軍し、汴京(開封)陥落など金の滅亡戦でも功績を挙げる。その後は1236年に始まるバトゥのヨーロッパ遠征に副司令格として本営・中軍の宿将として従軍、更に功績を挙げたがオゴデイの死とともにヨーロッパ遠征軍が帰還すると隠退し、グユク治世に生地のトウラ河畔にあったウリャンカイ部の牧地において72歳で死去した。ちなみに子のウリヤンカダイ、孫のアジュも軍人としてモンゴルに仕えた。
posted by ただの中国史好き at 23:10 | Comment(0) | 宋・遼・金時代
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