2006年06月19日

曹操

曹操 能力データ
魅力 8 / 統率力 9 / 戦闘力 6 / 政治力 8 / 知力 8

曹操、字は孟徳。三国志演技では徹底的に悪者にされているが、三国志正史では揺るぎ無い主役である。
後漢王朝の治下で曹操は騎都尉、済南の相、典軍校尉等の要職を歴任、黄巾の乱鎮圧に活躍し将来を嘱望されていた。ところが、董卓が洛陽に上洛すると、これを嫌って袁紹らに檄をとばして反董卓連合軍を結成、自らも挙兵した。

用兵に長けた曹操は黄巾の残党を打倒、吸収しながら勢力を拡大し、後漢の献帝を本拠である許へ迎え入れ、内外にその実力を誇示。黄河以北の大勢力袁紹との決戦、官渡の戦いでこれを撃破すると、烏桓をも叩いて北方を制覇。曹操は一気に天下統一を狙って荊州の雄、劉表を牽制。この最中に劉表が死去すると併呑される事を恐れた孫権軍と赤壁で激突。だが、周瑜の活躍によって敗北し、ここから天下が魏・呉・蜀に分かれ三国時代へと移行。曹操自らは帝位には就かずに一生を終えた。正に乱世の奸雄であった。
posted by ただの中国史好き at 22:37 | Comment(2) | 三国時代
この記事へのコメント
あのー、赤壁の戦いの際は既に劉表は
病死していて、跡取りも曹操に降伏してるんですが。
赤壁で衝突したのは孫権と曹操で、この戦闘には
劉備軍は参戦していません。また、諸葛亮が
台頭するのは法正の死後です。
Posted by 南雲 at 2006年10月02日 14:32
南雲さん、初めまして。
ご指摘、ありがとうございます。

確かに省略し過ぎで語弊が有りました。
劉表軍と激突すべく南下の気配を見せて牽制中に劉表は死去したんですよね。

劉備軍という表記を入れたのは、正史ばかりではなく、拡く知られている演義の内容も加味したからなんですが、ここは論点にもなりそうなので、削除しますね。

的確なご指摘、参考になります。
Posted by ただの中国史好き at 2006年10月02日 16:59
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