2006年05月02日

秦檜

秦檜 能力データ
魅力 0 / 統率力 2 / 戦闘力 2 / 政治力 6 / 知力 6

秦檜は、中国史上最高の英雄とも言うべき岳飛を死に追いやった張本人。
北宗滅亡時に、秦檜も一族もろとも金へ拉致されるが、金首脳によって宗に送り込まれ、以後秦檜は南宋では徹底した非戦論者となり、主戦論者を弾圧。その最たる岳飛を批判、謀反の罪を被せて投獄し、殺した。この売国奴ぶりを後世ずっと非難され、今も杭州に有る岳飛の武神「岳王廟」の前で秦檜は妻とともに裸で首に鉄鎖を掛けられ、後ろ手に縛られた形で像として残っている。そしてその像には皆が怒りをこめて尿を掛けるという。
posted by ただの中国史好き at 21:20 | Comment(5) | 宋・遼・金時代
この記事へのコメント
卓越した調整能力はどう表現すれば良いのでしょうか?
粛清や弾圧を多用したとは言え、とかく政争が多かった南宋政界に安定をもたらして、
エネルギーを内治に振り向けられるようになりましたし、
血を見ることなく軍閥の兵力と支配領域を中央に回収して、
軍閥の寄せ集めだった南宋を中央集権国家に生まれ変わらせたのも秦檜の功績。

道徳的には褒められたものではないし、
国威を盛んにするという点では明らかに罪過が大きいですが、
それでも国家の安定という点において南宋最大の功臣といっても過言ではありません。
Posted by お菓子っ子 at 2011年08月02日 12:11
お菓子っ子さんに同感です。国土の4割弱を失ってものちには統一時代と遜色ない経済発展を遂げたのもスパイと言われても金との宥和策を推し進めた秦檜の政治路線の正しさを証明していると思われますが...
また、仮に岳飛が朱仙鎮の戦いの後、開封を攻略出来たとしても華北奪回など夢のまた夢。戦線が拡大し、かえって軍事的敗北の危機が高まった可能性が大きかったかと。
南宋朝は秦檜のあと史弥遠・韓仛胄・賈似道らの権臣の専横が続きましたが、最も国益の増大に貢献したのは秦檜。見方を変えれば名臣と言えなくもない人です。(ちょっと言い過ぎたかも)
Posted by 李常傑 at 2011年08月06日 23:19
>お菓子っ子さんへ

そういう見方も当然ありますね。
秦檜の評価の非常に難しい所以です。
統率力、政治力あたりはもう少しあげるべきなのかもしれませんね。
Posted by ただの中国史好き at 2011年08月15日 23:09
>李常傑さんへ

李常傑さんもお菓子っ子さんに同感とのこと・・・これはやはり能力UPさせざるをえませんね。
政治力を4→6へUP、知力を5→6へUP。
Posted by ただの中国史好き at 2011年08月15日 23:11
秦檜が中国でこれほど嫌悪されているのは、漢民族至上主義とも言える「中華思想」が背景にあると思います。
「中華思想」とは、東夷・西戎・南蛮・北狄という文明・文化(農耕文化と文字文明による歴史・文化の蓄積)を持たない野蛮人に対して中華の民である漢民族が圧倒的に優越している、という民族的アイデンティティ。
秦檜は、見下し、蔑むべき蛮族に対し完全に膝を屈し、蛮族の「中華」に対する優位性を公式かつ大々的に認めてしまったために、民族的アイデンティティを失墜させた張本人として思想的・感情的憎悪の対象となっているんだろうと思うのですが・・・
Posted by 李常傑 at 2013年05月26日 17:29
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