2006年04月22日

周公旦

周公旦 能力データ
魅力 9 / 統率力 6 / 戦闘力 2 / 政治力 10 / 知力 8

周公旦は、周の文王の子で殷を打倒した武王の弟。周王朝建国後は魯の国を得て始祖となる。武王の死後は成王の摂政となって実質上政治を取り仕切った。周公旦が実権を握るのを快く思わない人物の中傷・讒言・反乱を抑え、以降は見事な政治を行う。その治世60年間で「成庚の治」と後世称えられる程、犯罪者が出ない世を現出させ、牢獄に入る者も無く、風雨に曝され房には雑草が多い茂っていたという。周公旦は孔子が憧れた人物でもある。
後の明治政府が採用した公・侯・伯・子・男の爵位はこの周時代のもの。
posted by ただの中国史好き at 21:17 | Comment(2) | 周時代
この記事へのコメント
周公旦は確かに優れた政治家として手腕を振い、平和な社会を実現させたのはある程度事実なのでしょうが、殷の紂王の暴政の反動として称賛された部分もあるのでは?
また、孔丘が儒教のPRのために実像より桁違いに美化し、理想的聖人としての捏造を施し広めたのではないかと個人的に思っています。そんな事言い出したらきりがないんですけど。
Posted by 李常傑 at 2011年08月14日 11:07
>李常傑さんへ

この辺りの時代になってくると、歴史書を盲信するのも危険ですが、以降の時代の賢人達(もっぱら儒家中心ですが)からも尊敬された人物としては高い評価をしてもいいのではないかと思ってます。
Posted by ただの中国史好き at 2011年08月15日 23:01
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