2010年04月24日

高澄

高澄 能力データ
魅力 2 / 統率力 6 / 戦闘力 5 / 政治力 6 / 知力 6

高澄は東魏の宰相であった高歓の長男だが、高歓の死後に宰相を継いだ時、侯景が「そんな孺子のいうことが聞けるか」と謀反を起こすものの巧みにこれを鎮定。侯景は敗れて長江を逃れ梁に渡り、そこでまた叛乱を起こすことになる。
非常に才能があったが、酒乱で酒を飲むとがらりと人が変わって残忍暴虐になる致命的な欠陥があった。又、宰相でありながら人前で皇帝(孝静帝)を罵倒し殴るなどの振る舞いが目立ち、孝静帝は近臣と語らって高澄を誅殺しようと企てるも失敗。含章堂に幽閉され、共謀者たちもことごとく高澄に処刑された。

だが、やはり高澄の末路は暗殺であった。
北斉が建国されると廟号を世宗、諡号を文襄皇帝と追尊された。
posted by ただの中国史好き at 21:50 | Comment(2) | 南北朝時代
この記事へのコメント
父親の高観のほうが面白いと思うのでぜひ取り上げて下さい。高観と宇文泰と梁の武帝(簫衍)との三つ巴の争覇戦を誰か小説にしてくれませんかねえ...後三国志とかのタイトルで小前亮とか田中芳樹とか....
Posted by 李常傑 at 2011年07月25日 23:26
>李常傑さんへ

高歓は確かに面白いですね。
了解です。最近更新が停滞気味ですが採り上げます。
高歓と宇文泰と梁の武帝(簫衍)との三つ巴の争覇戦はこの時代の醍醐味をもっと流布する意味で誰か小説化して欲しいですね。
Posted by ただの中国史好き at 2011年07月31日 22:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。