2010年03月28日

劉裕

劉裕 能力データ
魅力 7 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 3 / 知力 5

南北朝の宋の高祖武帝。
非常に貧しい家に生まれ、母親は劉裕を生む際に難産で死亡。父親は我が子を抱いて途方に暮れて殺そうとするが、劉裕の叔母が自分も子供が生まれたところだし、乳は自分がやるから殺さないでくれと言って助かった(従い、長じてもこの叔母には頭が上がらなかった)。
やがて持ち前の勇敢かつ粗野な彼は無頼の徒となり、喧嘩や賭博に明け暮れていたが、伝で地方の役人となった。そこへ名門出身だが落ちぶれて酒ばかり飲んで酔っ払って詩をつくる同僚がやってくる。この同僚と劉裕は仲が悪かったのだが、この同僚こそが陶淵明である。

その後、軍に入って力量を発揮し、孫恩の乱討伐、山東遠征、四川制圧、洛陽征伐などを劉穆之という軍師、檀道済、王鎮悪(王猛の孫)という勇将も得て八面六臂の活躍で東晋軍を勝利に導き、朝廷内で一気に実力者に成り上がった。特に恩人を殺した桓玄(桓温の子)の叛乱時には、大軍を擁する桓玄に対して劉裕軍は僅か数百人しかおらず、反対する周囲に「こういうのは博打と同じで勝算は常に五割!」と言って突撃し勝利を収めた。

そして419年、東晋の安帝を殺して自立、宋(劉宋)を建国した。
posted by ただの中国史好き at 01:15 | Comment(0) | 南北朝時代
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