2009年02月07日

陳湯

陳湯 能力データ
魅力 6 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 4 / 知力 5

タラス河畔にいた匈奴の勢力が盛んな時期に西域副校尉として西域都護に着任。当時の匈奴は烏孫などの部族を圧迫するのみにとどまらず、漢の使者も殺し、勢力拡大の一途を辿っていた。
これに対して陳湯は独断で兵を動かし、西域の兵をも集合させて匈奴の郅支単于を攻め殺して西域の平穏をもたらした。がしかし、独断専行での功績に対する論功行賞は長引き、一旦関内侯に任ぜられたものの、戦利品の着服が露見して罪を問われ僻地に流罪となる。

後に前漢を倒した王莽が西域を統括する人材を臣下に諮問した際、真っ先に名前が挙げられたが亡くなった直後であった。幸か不幸か、この後、王莽の新が瞬く間に倒れて後漢時代が訪れたことを考えると、陳湯はちょうど良いタイミングで天寿を全うしたのかもしれない。
posted by ただの中国史好き at 16:10 | Comment(2) | 前漢時代
この記事へのコメント
漢に敗れ一旦は西に根拠地を移していた匈奴が再び勢力を盛り返し東方に回帰しようとしていた時期なので、やはり10万位の騎馬軍団を擁していたのでしょう。対する漢は補給の面からもこの方面の駐留軍はせいぜい2〜3万位だったのでは?(兵力は私の想像にすぎませんが)そのような圧倒的不利な情勢の中で単于をも敗死させる程の大勝利を収めた将ですから陳湯の能力は全般的に+1ずつ高くしてもいいのでは?
Posted by 李常傑 at 2011年09月11日 17:53
>李常傑さんへ

色々言動に問題があった人物らしいですが、兵を率いさせての能力は確かなものですよね。
ただ、統率力8は私なりに高く評価しての設定です。他はやはりこんなものかと。
Posted by ただの中国史好き at 2011年09月18日 22:56
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