2008年11月24日

趙充国

趙充国 能力データ
魅力 8 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 7 / 知力 7

趙充国は、霍去病と同世代の弓の名手たる武将で羽林軍(近衛軍)に入り、武帝の時代に李広の部下として匈奴征討に従軍。後に宣帝即位の際、大将軍霍光と共に擁立に功があった為に営平侯に任ぜられる。
情勢判断に優れた沈着な武将で、度々匈奴を討って勇名をはせ将軍となる。将軍となった後も最前線の兵士達に地を耕せて永住の態勢で国境を固める屯田策を採り、常に最前線での情報や戦況を重んじた趙充国が発した言葉「百聞は一見に如かず」は現在も尚使われる名言として残っている。

70歳を過ぎてなお軍を率いて西羌の叛乱を鎮圧する等、この当時の前漢の軍事に関しては、ほぼ趙充国が取り仕切った。
posted by ただの中国史好き at 21:57 | Comment(0) | 前漢時代
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